「松本氏性加害疑惑」は「ロス疑惑」と同じ道を辿るのか?【窪田順生】
『ありがとう、松ちゃん』より
■キー局社員の平均年収は1300万円
この構造は「テレビ報道」もまったく変わらない。ニュースだろうが、ワイドショーだろうが、人権を侵害するようなニュースに対してはすぐにクレーム電話が鳴り響き、取材担当の記者やディレクターだけではなく、管理職まで責任を追及されてしまう。つまり、もしテレビ局の記者が自分自身で、取材をして、文春報道を否定するようなニュースを流そうものなら、「セカンドレイプだ」「責任者を出せ」などのクレームが大量に寄せられ社内は大混乱になり、その記者は「余計なことしやがって」と、社内で総スカンになってしまうのだ。
ここまで言えばもうおわかりだろう。これがテレビ局が霜月るなさんや、飲み会のセッティングをしたことがある、お笑い芸人らの「松本人志擁護」を取り上げることなく、「文春報道」だけを繰り返し紹介している根本的な理由だ。
ニュースでもワイドショーでも「文春によりますと」を繰り返しておけば、いくら抗議を受けてもいくら炎上をしても、「我々はロイター報道のように文春の報道を伝えているだけです、文句があるなら文春さんに言ってくださいよ」なんて、いくらでも言い逃れができる。
つまり、局内の誰にも迷惑がかからないし、報道記者たちも社内で針のムシロになることはない。ネットやSNSで「偏向報道」「マスゴミ」などと叩かれても、それが社内査定に響くわけでもない。つまり、「何もしないで文春報道をタレ流す」が、大企業サラリーマンの立ち居振る舞いとしては「正解」なのだ。
「そんな人間が報道をやっているのがおかしい」と憤慨するだろうが、これが日本のジャーナリズムの「現在地」だ。フランスの非政府組織(NGO)の国境なき記者団が毎年発表している「報道の自由度ランキング」で日本は70位、G7の中でダントツに低くて、お隣の韓国(62位)にさえ及ばない。
この低評価の原因を、国境なき記者団は「記者クラブ制度」に代表される「自己検閲」としている。つまり、日本のマスメディア記者は、誰かに圧力をかけられるわけではなく、自分自身の判断で取材を控え、国民に伝えなくてはいけない情報を自分で握りつぶしているというわけだ。
この指摘は正しい。冒頭で紹介した局アナウンサーたちが「しっかり裏を取っている、信用できるメディア」として挙げた、ロイターやブルームバーグの取材を支えているのは、終身雇用のサラリーマンではなく、契約記者やフリージャーナリストたちだ。「週刊文春」も正社員もいるが、取材を専門に扱う契約記者たちが、あのクオリティを支えている。
しかし、日本のテレビ局の報道を支える人々の多くは、記者である以前に「大企業社員」でもある。だから「組織内の保身」に走って、裏取りどころかリスキーな取材すら避ける傾向が強い。ただ、これは無理もない。フジテレビや日本テレビというキー局社員の平均年収は1300万円ほどで管理職になれば、もっともらっている。そういう安定した立場を捨ててまで、ジャーナリストとしての矜持を貫ける人は少ない。
筆者もこの世界に長くいるので同世代のテレビ局記者たちを知っているが、彼らの多くは、口癖のように「なんだかんだ言ってもオレらはサラリーマンだから」と自嘲している。要するに、組織のしがらみで、自由な発信ができないということを言い訳しているわけだが、フリーのジャーナリストから見ると、ただ単に「安定した立場に定年までしがみつきたいだけ」という印象しかないだろう。